ウシロの通り道

Unknown

昔ばなしをひとつ。ロンドンでの盲腸事件の段。

あれは1994年のイースター(復活祭)休暇中の出来事。春めいてきた陽気とはうらはらに、のるかそるかの法廷弁護士試験をひかえてラスト・スパートで勉強に励んでいた...はずのあのころ。ある早朝とんでもない腹痛で目が覚めた。

「ムムム...なんじゃこりゃ...」と松田優作みたいにつぶやきつつ、

「コリャなんか昨日ヘンなものでも喰ったにちがいない」とベッドからはいずりだし、なんとかトイレまでいってはみたものの、なんにもでてこない。

こいつはヘンだ。いつもとちがう。なんかまずいことになったな...と、ひとりでパニック(一人暮らしはこういうとき誰もそばにいないのがつらい)。とにかくベッドにもどり、しばらく安静にしていたものの、一向に痛みは治まらない。

お昼近くになって、もうだめだと思い、脂汗タラタラ流しながら、なんとか着衣。前屈姿勢のままアパートの階段をやっとの思いで降り、前の通りでタクシーをつかまえ、座席に転がり込んで一言...

「ビ、病院お願いします...キ、救急のあるところ...。」

連れてこられたのが上の写真のセント・トーマス病院。ビッグ・ベンで有名なイギリス国会からテームズ川をはさんだ対岸にある。そして、ここが後ほど肝心になってくるのだが、この病院は医学生を教えている医療教育機関でもある(Teaching Hospitalという)。

救急受付で窮状を告げると、すぐに患者を運ぶためのキャスター付きの簡易ベッドに乗せられ診療室へ。なんだか難しそうな顔をしたお医者さんが問診。

「どうしました?」

「おなかが痛いんですっ!」

「フーム...じゃ、おなか見せてください。」

仰向けに寝たまま、シャツをまくり上げ、痛みによじれるおなかをさらけ出すと、お医者さんの指や手が容赦なくあちこちつつきまわし始める。そして私からみておへその右脇約4~5センチの場所を押し込まれたとき、ついに耐えかねて...

「!」

と声にならないうめきを発したら、お医者さん

「ハハァ~」

とひとりごちした後、その押し込んだ指を突然引っ込めた。

「ウ、ウギャ~ッ!!!」

「はい、はい。こりゃ虫垂炎(Appendicitis)だね。虫垂炎の典型的症状はこの箇所を押し込むと当然痛いんだけど、引っ込めるときの方がもっと痛むんだ。ほらね。」

と、また患部を押したり引っ込めたり。いや、もう説明はわかったから...や、ヤメテ...ほ、本当に痛いんです...。

「よしよし。ずいぶん腫れているようだから、すぐに手術しよう。でも、今日は手術室がこんでいてね。一番早くて(スケジュールを確認)...今晩真夜中の12時だな。」

この痛みをこのまま約半日間、耐えろと...。まぁNHS(イギリスの国営医療制度)でタダでやってもらうんだからしょうがないか...試験勉強どうしよう...トホホ...と落ち込んでいるところへお医者さんが、

「じゃぁ患部の位置を確かめるから、『バック・パッセージ(Back Passage)』を調べますね...」

へっ?

バック・パッセージ?

それってどこ?

私の体の「ウシロの通り道」?

そんな英語知らんぞ...。

などと頭が混乱していた私の目に飛び込んできたのは、ゴム手袋をパッチンとした上にワセリンみたいなものぬりたくっているお医者さんの姿。

えっ?ま、まさか...バック・パッセージって...まさか...あ、あそこじゃ...ないよね...ウソ...ウソだといってくれぇっ...!!!

全然、まったく、心の準備が出来てないうちにお医者さんは容赦なく、

「はい、それじゃうつぶせになって...ひざ立てて...はい、はい、ひざを広げて...ほら早くしなさい!」

...ズブリ。

グリグリ...

グリグリ...

...

...もうおむこさんにいけない...。

茫然自失とした私におかまいなく、デリカシーのないお医者さんはゴム手袋を手際よくはずしてゴミ箱に放り投げ、

「どうやら患部はそのままの位置にあるみたいだね。ま、手術まで長い時間あるけど我慢してね。手術の時間になったらまたくるから。」

そういって去っていくお医者さんの後ろ姿を見るともなく、私は看護婦さんのなされるがまま病院服に着替えさせられ、点滴用のチューブを腕に入れられ、ベッド不足とかで相変わらずキャスター付き簡易ベッドに寝かされ、ER室のカーテンで囲まれた一角に置いてけぼりにされたのでした。

「バック・パッセージ」のショックから解放されつつ、痛みに耐えながら全然すすまない時間がたつのを待っているのもそれはそれでつらかった。

そこへ1時間もしたところで突然くだんのお医者さんがもどってきた。手術の予定が早まったのかしらん...と、期待した私がバカでした。

「いや実はね、うちの学生たちのために教材になってくれない?」

...

まぁ...タダで手術してもらうんだから...しょうがないか...。

「それじゃ、君たち、この患者を診療してみたまえ。」

お医者さん先生の指示のもと男女取りまぜた、なんだかモサッとした感じの白衣の医学生たちが3人一組で私にアプローチ。

「どうしました?」

「あ、あのおなかが痛いんです...で、実は...。」

「あ、病名は言わないで...」と先生。

そこで医学生どもは私の体をつつきまくる。そのうちにひとりが例のわき腹のスポットを探り当て、プッシュ...

「ムグゥ...」

引っ込める

「ウ、ウギャァ~!!!」

「センセイ!虫垂炎です!」

な、なにをよろこんどるんじゃ、おのれは...。

「よろしい。それでは次のステップは?」

え?!ま、まさか???!!!

「...すいません...バック・パッセージを調べさせてください...」

...ズブリ...。

い、一度のみならず、に、二度までも...。

「それじゃまた。手術のときに...。」

と、なぜかにこやかに去っていくお医者さん先生。

なんかもうふんだりけったりだな...と、思いながらまたのろまな時計の針との根比べ。だんだん痛み止めでモーローとしてきた頭と、時々おそってくるシャープな腹痛の断続攻撃にやれらながら横になっていたら、また同じお医者さん先生がやってきた。

「いや、悪いんだけどさ...もう一組の学生の相手になってやってくれない?」

...ズブッ。

結局3組の学生の相手をさせられてしまった。モーローとした頭に浮かんでくるのは、なぜか「バンコラン」とか「マライヒ」とか...。

深夜、やっと手術室へ。すでに静まりかえった病院の廊下を、結局その上で半日過ごしたキャスターつき簡易ベッドに横になったまま、ボケーっと天井を眺めながら運ばれる。そんな私を手術室の前で待ち構えていたのはあのお医者さん先生と学生たちが全員集合。

「執刀はセンセイにおねがいしますぅ~...!」

私の声にならなかった嘆願は、催眠ガスの吸入マスクの彼方にエコーとなって消えていったのでした。

その後、入院中は友達もたくさんお見舞いに来てくれて感動、感謝。試験にも無事通ったし、いまでは笑える思い出のエピソードかもしれない。しかしアキレス腱の手術のあとはもうすでにかなりよくなっているのに、盲腸の手術のあとは今でもかなり目立つ。これは私のウェスト・ラインが広がったからだけじゃないと思うんだが。

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